照ノ富士春雄の現在と進退問題の真相|怪我の克服劇から親方襲名まで
大相撲の歴史において、平成から令和にかけて唯一無二の足跡を刻み続ける第73代横綱・照ノ富士春雄。大関から序二段まで陥落しながらも不屈の闘志で這い上がり、再び頂点へと登り詰めたその軌跡は、大相撲史に残る奇跡のドラマとして世界中のファンに知られています。
満身創痍の身体で土俵に上がり続ける横綱に対し、ファンの間では「現在のコンディションはどうなっているのか」「囁かれる引退時期や進退問題の真相は」「土俵を去った後の親方襲名への青写真は」といった関心が尽きません。本稿では、照ノ富士の最新動向をはじめ、怪我との過酷な戦い、家族の支え、そして気になる将来像までを詳細に検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:両膝の度重なる手術と糖尿病・腎臓病を乗り越え、序二段から横綱へ返り咲いた不屈のキャリア。
- 要点2:休場理由と持病に向き合いながら土俵を務める現在の状況と、土俵人生の最終章における進退判断の焦点。
- 要点3:日本国籍取得を完了し、名門・伊勢ヶ濱部屋の継承や年寄名跡取得による親方襲名への具体的な道筋。
【照ノ富士の現在】土俵に立ち続ける横綱のコンディションと休場理由・病状
現在の照ノ富士を取り巻く状況において、最も注目を集めるのがその体調と土俵での相撲内容です。一人横綱として番付の最高位を守り続ける重責を担う一方、本場所ごとの休場理由と病状には常に細心の注意が払われています。
照ノ富士の身体を長年苦しめている最大の要因は、両膝の怪我と手術歴です。左右両膝の前十字靱帯断裂および外側半月板損傷を抱え、これまで幾度もの内視鏡手術を経験してきました。膝の軟骨がすり減り、骨同士が直接ぶつかり合う激痛を抱えながら、テーピングとサポーターで固定して土俵に上がり続けています。
さらに膝だけでなく、大関時代から発症していた重度の糖尿病や腎臓疾患、さらには腰のヘルニアなど、内科的・外科的な複合要因がコンディション調整を極めて難しいものにしています。現在の照ノ富士は、出場すれば圧倒的な力強さを見せて優勝争いに絡むものの、勤続疲労によって途中休場を余儀なくされるケースも珍しくありません。場所前の稽古状況や持病の数値を慎重に見極めながら、一日一日全力を尽くす綱の務めを果たしています。
【奇跡の復活劇】大関陥落・序二段から第73代横綱への大逆転ストーリー
照ノ富士を語る上で欠かせないのが、相撲界の常識を覆した序二段からの奇跡の復活劇です。2015年に23歳の若さで大関昇進を果たした照ノ富士でしたが、直後から両膝の大怪我と病気に襲われ、大関から関脇、小結、平幕、十両、幕下、そして2019年春場所には西序二段48枚目まで番付を落としました。
大相撲の歴史上、大関を経験した力士が幕下以下まで陥落して現役を続行した例は極めて稀です。精神的にも肉体的にも限界を迎え、師匠である伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)に何度も引退を申し出ました。しかし、師匠から「まずは身体を治すことに専念しろ」と温かく引き留められ、徹底的な治療と地道な基礎トレーニングを再開します。
土俵の感触を一から確かめ直した照ノ富士は、驚異的なペースで各段優勝を重ねて白星街道を突き進みました。2020年7月場所で幕内復帰を果たすと、いきなり幕内最高優勝を達成。その後も大関へ再昇進を果たし、2021年7月場所後にはついに第73代横綱の地位を掴み取りました。どん底を味わった男が再び最高峰に君臨したこの復活劇は、現代の大相撲を代表する伝説となっています。
【圧巻の記録】幕内最高優勝回数と大相撲本場所の成績を振り返る
度重なる休場に見舞われながらも、照ノ富士が積み上げてきた大相撲本場所の成績は超一流の数字を誇ります。
特筆すべきは、二桁の大台に乗せた幕内最高優勝回数です。照ノ富士の相撲スタイルは、192cm・180kgを超える雄大な体躯を活かした右四つ・左上手の万全の型。一度上手を引けば、相手にどれほど攻め込まれても土俵際で残し、豪快な寄り切りや上手投げで仕留める絶対的な決定力を持ちます。
怪我によって敏捷な動きが制限されている分、無駄な動きを極限まで削ぎ落とし、相手の攻め手を的確に封じ込める老獪な取り口を確立しました。皆勤した場所では高確率で優勝同点や賜杯獲得に絡む勝負強さを発揮し、満身創痍でありながら「土俵に立てば誰も敵わない」という横綱相撲を体現し続けています。
【進退問題の真相】囁かれる引退時期と横綱審議委員会の動向
横綱という地位には、勝ち越しや勝ち星のノルマだけでなく、「強い横綱であり続ける」という厳格な品格と責任が求められます。そのため、場所ごとの途中休場や全休が重なるたびに、メディアやファンの間では引退時期と進退問題が大きく取り沙汰されてきました。
横綱審議委員会(横審)による評価や激励を受けつつも、照ノ富士本人は進退について極めて現実的な姿勢を一貫して崩していません。周囲の声に惑わされることなく、「横綱として納得のいく相撲が取れなくなった時が土俵を去る時」という覚悟を常に胸に秘めています。
進退の引き金を引く要素として考えられるのは、気力の減退ではなく「膝や内臓疾患が限界を迎え、相撲を取る身体を作れなくなること」です。伊勢ヶ濱部屋の看板を背負い、後進のお手本として土俵に立ち続ける照ノ富士にとって、一場所ごとの土俵がまさに進退をかけた真剣勝負となっています。
【引退後の青写真】日本国籍取得と年寄名跡・伊勢ヶ濱部屋での親方襲名
現役引退後のキャリアに関しても、すでに確固たる基盤が整えられています。日本相撲協会の規定では、引退後に親方(年寄)として協会に残るためには日本国籍の取得が必須条件です。
照ノ富士は2021年8月に日本国籍取得を完了し、本名を「杉野森 正(すぎのもり せい)」と改めました。これにより、引退後も日本相撲協会に残って後進の指導にあたる資格を正式に獲得しています。
注目される年寄名跡と親方襲名については、自身が育った名門・伊勢ヶ濱部屋の継承や関連名跡の取得が有力視されています。師匠である元旭富士の伊勢ヶ濱親方は多くの関取を育て上げた名伯楽であり、照ノ富士もまた自身の壮絶な怪我の経験や高度な技術論を若い力士たちへ伝える指導者として、角界内外から絶大な期待が寄せられています。
【素顔と家族】過酷な土俵生活を支える妻と子供の存在
不屈の横綱を精神的・生活面で支え続けてきたのが、最愛の家族の存在です。照ノ富士は2018年、モンゴル時代からの知り合いであったツェグメド・ドルジハンドさんと結婚しました。
序二段へ転落し、将来が見えない最も暗い時期を二人三脚で乗り越えてきたのが夫人でした。徹底した食事管理やメンタル面のケアを一手に引き受け、弱音を吐きそうになる照ノ富士を献身的に支え続けました。
その後、待望の長男が誕生し、父親となった照ノ富士は「家族に誇れる強い姿を見せたい」と土俵へのモチベーションをさらに強くしました。土俵上の鬼気迫る表情とは対照的に、家族と過ごすプライベートでは穏やかな笑顔を見せる一面があり、愛する妻と子供の存在こそが過酷なリハビリと土俵生活を支える最大のエネルギー源となっています。
【照ノ富士春雄】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:照ノ富士の両膝は具体的にどのような状態ですか?
A1:左右両膝の前十字靱帯断裂、外側半月板損傷を抱えています。複数回の手術を経ており、軟骨がほぼ失われている状態のため、強固なテーピングと特殊なサポーターを装着して関節を保護しながら土俵に上がっています。
Q2:序二段まで番付を下げた主な理由は何でしたか?
A2:大関昇進直後からの両膝の重傷に加え、重度の糖尿病、C型肝炎、腎臓結石などの内科的疾患が重なり、稽古はおろか日常生活すらままならない状態に陥ったため、連続休場を余儀なくされたことが原因です。
Q3:引退後に相撲協会に残るための準備は済んでいますか?
A3:はい。2021年8月に日本国籍を取得しており、引退後に年寄名跡を襲名して日本相撲協会に親方として残る資格を満たしています。将来的な伊勢ヶ濱部屋の指導・継承が期待されています。
まとめ:満身創痍の土俵人生とこれからの相撲界に残すレガシー
大関から序二段への転落、そして第73代横綱への奇跡の再登頂という照ノ富士の歩みは、大相撲史における唯一無二の英雄譚です。現在もなお、休場と闘病を繰り返しながら土俵に上がり続けるその姿は、勝敗を超えて多くの人々に勇気を与えています。
迫り来る進退の時を見据えながらも、土俵に上がれば横綱としての品格と圧倒的な強さを示し続ける照ノ富士。土俵人生の最終章をどのように締めくくり、将来の親方としてどのような後進を育てていくのか、その一挙手一投足から今後も目が離せません。 (出典: 照 ノ 富士 春雄(Yahoo!ニュース))